「亀甲鶴」は、紅葉・露伴の推賞を受けて、知多半島生まれの小説家小栗風葉の出世作となりました。(明治29年発表)。

小説の題名は清酒の銘柄でもあり、醸造もとの野杜 康右衛門は家業挽回のために千五百石の届出で二千石の醸造をもくろみます。杜氏の原作は密造の計画を知り、賃金の上乗せを要求しますが、かえって蔵人全員やめさせられてしまいます。

ここで、一人娘のお杉に恋する主人公又六は、一人蔵に帰って見事二千石の酒をつくりあげます。ところが密造の桶を発見した収税吏が、お杉の婿になろうとする・・・。
 章立ては(一)見込(二)倉開(三)米漸(四)麹入(五)元入・・・のように全二十章酒造工程を順次詳細に述べ、日本文学いや世界文学にも空前絶後の酒造り小説といえます。

幻の「亀甲鶴」を現実のものとし、日本酒を愛する人に飲んで頂きたいのが、永年の私の願いでありました。
吉田 徹彦


 朝日新聞  H13/6/2
知多の「幻の酒」完成

明治初期の知多半島の酒造りを生き生きと描いた、明治の作家小栗不葉の小説「亀甲鶴」。
その名を冠した酒が、知多の酒造と名古屋市の酒店の手で完成した。

かつて灘の向こうを張った「知多酒」の味の原点を探して6年。米の味と香りがふくよかで、じわりとうまい「明治の酒」ができあがった。
明治の小説を基に「酒造りの教則本みたいなおもしろい小説があるんです」
沢田酒造の森下肇常務が、旧知の酒店、吉田屋を訪ねたのは、95年の春だった。手には、森下さんが30代のころ、同県半田市の図書館で見つけて魅せられ、自費で復刻出版した「亀甲鶴」があった。

「酒造技術書と寸分違わぬ正確さ」と森下さんらが驚くほど、当時の酒造りの様子が克明に記されている。「亀甲鶴」をいつか、現実のものにしてみたい・・・。
大手酒販会社のサラリーマンだった森下さんは、夢が高じて会社を辞め、沢田酒造に飛び込んだ。それから4年がたっていた。「亀甲鶴を造ってくれ」。本の面白さと、森下さんの情熱に動かされた吉田屋の吉田徹彦社長が、沢田酒造に正式に「注文」。銘酒つくりの共同事業がスタートした。沢田酒造は、江戸末期の1848(嘉永元)年に創業。沢田研一社長と杜氏の沢田政吉さんが、昔ながらの製法を守り、木製の道具で酒をつくり続けている。「亀甲鶴を醸せるのはここしかない」。森下さんの眼鏡にかなった酒蔵だった。

3年前、「亀甲鶴」造りが本格的に始まった。
しかし、昔ながらに素朴で、穴子や海苔といった近海の産物に合う濃厚な「明治の味」は、簡単には出せなかった。「当時は米を磨く技術が高くなかった。小説の通りに造ったら、実は雑味が多く、舌の肥えた現代人には飲めたもんじゃない」と、吉田さん。
今は、優れた酒米を磨きに磨き、ぜいたくに造る「端麗辛口」全盛の時代。どうしたら、現代人にもうまい、しかし、知多酒の原点ともいえる「亀甲鶴」の名にふさわしい酒がつくれるのか。試行錯誤が続いた。

昨年暮れの沢田酒造。杜氏の沢田政吉さんが、吉田さんの前に、ぐい飲みに入った酒を置いて立ち去った。きき酒をした吉田さんの目が光った。「これだっ!」酒米・山田錦を、普段なら30〜40%まで磨くところを、50%にとどめて醸した酒を、3年熟成させたものだった。米の味と香りを濃く残しながらも、雑味を抑えた上品な味に仕上がっていた。吉田さんはその「亀甲鶴」を持って、全国の酒店を回った。「酒は地方文化そのもの。個性を大切にしたい」と訴えた。



 中日新聞 H13/5/30
明治時代に活躍した愛知県半田市出身の作家、小栗風葉(1875〜1926)が知多半島の酒蔵を舞台に書いた小説「亀甲鶴」の中で造られていた日本酒を、地元の酒造会社や酒店が“復活”させた。かつては国内有数の隆盛を誇った知多の日本酒を知ってもらえればと、関係者は意気込んでいる。

小栗風葉の小説『亀甲鶴』に登場
幻の日本酒復活
明治の味『濃くても後味すっきり』

「亀甲鶴」は風葉が1896(明治29)に発表した出世作。題名は小説に登場する架空の日本酒の銘柄から取り、密造をもくろむ酒造と徴税役人との駆け引きや、蔵の娘と蔵人の恋愛がテーマ。当時の酒造過程を克明に表現した特異な作品として知られる。「知多の酒をアピールするとともに、当時の職人の心意気を現代によみがえらせたい」。
“幻”の酒を世に出す企画は、「吉田屋」吉田徹彦さんと知人で酒造会社、沢田酒造常務の森下肇さんらが中心になって4年前から進めてきた。
小説で描かれている明治の技法で生産しようと、精米以外はすべて手作業で挑戦したが、思うような酒ができず失敗の連続。精米歩合を変えたり、酒の味をきめる麹を仕込む時に複数の温度や湿度を試すなど試行錯誤を繰り返し、ようやく知多酒の特徴である濃いが後味はすっきりした酒に仕上がったという。
森下さんは「『亀甲鶴』を初めて読んだ時は、明治時代の酒造が詳細に描写されていることに驚いた。今回の酒造りを日本酒全体の復権につなげたい」と話している。

小栗風葉

泉鏡花と並ぶ尾崎紅葉門下の1人。代表作に「青春」「恋慕ながし」など。紅葉の未完作「金色夜叉」を紅葉の死後、完成させたことでも知られる。



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